2012年3月20日火曜日

     梅雨明けと共に、本格的な夏がやってきた時、一味会の友人が「今年のセミは何だかおとなしい」と話していました。僕も同感です。昨秋の紅葉を写真でご紹介した大学のケヤキ並木(41回エッセイ「花咲爺さんの正体」)も、今は緑の葉をたわわにつけています(写真1)。このケヤキ並木で例年、"ワーン"という耳を聾する大音響で鳴いているセミがやはり今年はおとなしいように感じます。一体どうしたんでしょうかねぇ。そのうち、今年のセミの数が本当に少なかったのか調査の結果が公表されるかもしれません。セミの抜け殻を"空蝉(うつせみ)"と言います(写真2)。源氏物語にも、光源氏の愛する女性のひとりとして「空蝉」が登場します。日本語には本当に情緒のある言葉が多いですね。

我が国で真夏にふつうに見られるセミは、アブラゼミとクマゼミです。クマゼミが午前、アブラゼミが午後と時刻を割り振って鳴いています。鳴くと言いましたが、セミはお腹にある特殊な発音器官で鳴き音を出します。鳴いているのはオスだけです。彼らは必死でメスを呼び寄せているのです。成虫の寿命は数週間で、その間に交尾と産卵を行い、卵を無事に枯れ木の中に産み付けると一生を終えて死んでゆきます。時々、道端に刀折れ矢尽きた状態のセミがもがいているのを見ることもあります。僕はいつも「ご苦労だったね。上手く子供を残せたのかなぁ?」と話しかけます。


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生み付けられた卵はやがて孵化し、一度脱皮して小さな幼虫になった後、土中にもぐり長い隠遁生活に入ります。樹木の地下部から栄養に乏しい樹液を吸って長い時間をかけて少しずつ生長します。樹木の地上部を流れる樹液は栄養に富んでいますが、昆虫や鳥などの捕食者に食べられるリスクが大きいので、土中で生長するやり方を選択したのでしょう。土中では何度も脱皮して変態を繰り返します。僕たちが眼にするセミは3年から十数年すると、穴を開けて地上に出ます。そして手近な木にぶら下がり、最後の脱皮を試み、美しい透明の羽を持つ成虫に変身します。

やがて空中を飛ぶことができるようになると、木にとまり、オスはお腹の発音器官から、求愛の喧しいけれど生命のエネルギーに溢れた歌で、彼女を求めるのです。動物たちの一番の大仕事は異性を見つけて番い(つがい)、次の世代に遺伝子を伝えることです。異性を呼ぶため動物たちはフェロモンのような化学信号、鳥の鳴き声のような音の信号、螢のような光の信号を発します。自然の中では、個体数の少ない動物たちがいかに効率よく異性に自分の存在を伝えるかが重要です。そんなことを頭に入れてセミたちの鳴き声を聞くと,何だか哀切な恋の歌と聞こえてきませんか。


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日本では今年のようにセミがやや少ないとか、出現が遅い年はありますが、まったく姿を見せない年はありません。ところが、北米大陸には"周期ゼミ"と呼ばれるセミがいて、13年とか、17年毎に限られた地域で大発生します。これらは"13年ゼミ"とか、"17年ゼミ"とか呼ばれます。17年ゼミが例えば今年(2011年)姿を現すと、次に現れるのは2028年で、この間の年にはまったく現れません。つまり、幼虫は17年間も地中でゆっくりと生長するわけです。

周期ゼミの祖先は今から200万年昔の氷河期の頃まで遡れます。彼らは氷に被われた大地のなかの樹木がわずかに残る土地を見つけてかろうじて生き残ったのです。寒冷な気候により彼らの幼虫は長い時間をかけて生長しました。個体数も少なかったので繁殖に成功するためには、タイミングを合わせて一斉に地上に出て異性を見つけて子供を作る必要があります。こうして、"一定の周期で限られた地域で大発生する"というライフスタイルが生まれたと考えられます。


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こうして17年の時間をかけて成虫になったとき、地上に出てつがう相手を見つけて繁殖します。その子供もやはり17年をかけて生育するわけです。これが周期的に現れる理由です。さて、もし間の年に現れた周期ゼミはどうなるでしょう。回りを見渡しても番う相手がいませんね。オスはいくら鳴いてもメスが見つかりません。こうして、周期の間に間違って現れたセミは子孫を残せず虚しく死んでいくのです。これが周期ゼミがなぜ周期的に発生するのかの理由です。

最後の疑問は、なぜ13年、17年周期なのかです。12年とか16年の周期ゼミがいても良さそうです。ところで、幼虫から成虫への発育プログラムは厳密に遺伝子によって決まっているはずです。もし、異なる周期を持つセミ同士が交配するとその子供セミの発育プログラムが乱れてどちらの周期にもならないと想像できますね。だから異なる周期のセミの発生年が重なると、元の周期を保持したセミが激減する危険があるのです。それでは発生年が重なる危険を避けるにはどうすればよいのでしょう。


1317は不思議な数です。そうです。これらは数学で言うところの"素数"なのです。素数とは"1とそれ自身以外の数字では割り切れない数字"のことです。素数は割り切れる数字が少ないので、異なる周期のセミと発生年が重なる頻度がうんと減ります。このことがどうやら13年周期や17年周期を選んだセミが繁栄した原因らしいのです。つまり、セミたちは素数の性質を上手く利用して絶滅する危険を回避したのです。素数を選ぶなんて、セミたちがまるで数学がわかるかのようですね。もちろん、セミたちが数学がわかるわけがないので、絶滅を避けるよう進化しているうちに自然と素数が選ばれたのでしょう。

13年や17年という時間をどのようにして知るのかも大きな謎ですね。そんな長い時間を計る体内時計はあるのでしょうか。直感的には幼虫が脱皮して変態を繰り返すのを手掛かりにしているのではと推測できますが、僕にはわかりません。僕たちがテレビも新聞もラジオもなく、手帳も日記も筆記用具もない世界に置き去りにされたら、年の進行を知ることは極めて困難です。昔、元日本軍の兵士だった横井庄一さんが終戦を知らず28年間、グアムのジャングルで生存しているのが発見されたことがありました。帰国時の「恥ずかしながら帰って参りました」がすっかり有名になりました。彼も、グアムでいったい何年間が過ぎたのか認識していなかったのでしょう。


ご紹介したアメリカの周期ゼミ(「素数ゼミ」)の研究はとても困難だと思います。周期が遺伝的に決まっていることを証明することすら難しいでしょう。なぜなら、一人の研究者が13年周期や17年周期の発生年を何度経験できるのでしょう。うかうかしていると、次の発生年は13年(17年)後になるんですから。そんな周期ゼミの研究者である吉村仁さんの著書「素数ゼミの謎」(写真3)はとても面白く分かりやすく書かれた好著です。



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